【インタビュー】市営住宅のあり方を、団地の経験値で解く

 

 

空室への投資は、多世代でにぎわうまちの「入り口」になる。

団地リノベの経験値から導いた、“市営住宅のあり方”の最適解

 


Writer:村崎恭子


 

みなさんは「市営住宅」に、どんなイメージを持っていますか?

 

市営住宅(公営住宅)とは、その名の通り市(自治体)が運営する住宅。さまざまな理由で住む場所に困っている世帯を対象としており、その多くは高度経済成長期にいわゆる“団地”スタイルで建設されました。しかし、賃貸のマンションやアパートが増えるとともに入居者は減少し、空室の多さが目立つようになってきました。行政が運営する以上、最低限度の生活の保障が目的となり、入居率を高めるための投資がしづらい背景もあります。

 

芦屋市の大東町住宅も、入居率が低迷している市営住宅の一つ。時代に合わない間取りやエレベーターのない建物であるために、3階以上のファミリー向け物件の空室が目立ちます。高齢化率は50%を超え、元気なコミュニティとは言いがたい状況が続くようになりました。

 

そこで芦屋市は、ファミリー向け物件のリノベーションを実施し、入居率を高める施策に乗り出しました。その先に見据えているのは、“市内に定住する若者が増え、地域が活性化する”こと。潤沢とは言い難い予算でありながら、フロッグハウスが手がけた3戸の物件は今、2026年度の入居へ向け問い合わせが相次いでいるといいます。

 

建物も設備も古く、一時的に暮らすことができればいい住居ーー。もしかすると多くの人が、市営住宅にはそんなイメージを抱いているかもしれません。今回のリノベーションは、これまでの価値観を逆転させるきっかけになりそうです。

 

 

子育て世帯を想定した“市営住宅らしくない”物件に

大東町住宅は、築38年と比較的新しい市営住宅です。さすがは芦屋市、担当の島津さん曰く「周辺地域になじむよう、頑張っていいものをつくる傾向にあった」そうで、外観はちょっとおしゃれな雰囲気。

 

(コンクリート打ちっぱなしの外壁に、丸みがかわいいベランダ。さらに、駅は徒歩圏内、南側は海!という好立地)

 

ところが中へ入ると、やはり古さを隠せない、いわゆる「団地」の間取りや設備のため、新婚世帯や子育て世帯にとって住みやすいとは言い難い状況でした。それがフロッグハウスによるリノベーションで、市営住宅のイメージを覆す物件に様変わり。今回は、その中の一つ、3階角部屋の物件をご紹介しましょう。

 

見た目に一番変化を遂げたのは、壁付けだったキッチンとダイニング、和室をつなげてつくった、対面キッチンを備えたLDK。調理をしながらリビングで過ごす子どもの様子を見守ることができる、子育て世帯の暮らしをイメージした設計です。

 

そしてリビングの床には、兵庫県丹波産の杉の無垢材が敷き詰められています。家族が最も長く過ごす場所が、木目の温かい表情やふんわりと漂う香りに包まれ、有機的な空間に。押入れの建具は壁と同じ真っ白にすることで、たっぷりの収納力はそのままに、圧迫感がなくなりました。

 


(使っていくほどに味が出る杉の無垢材には、住人が入れ替わるたびに手入れをしていくことで長年使い続けられるエコな側面も)

 

各室に入る扉や玄関収納の建具は元々のものに色を塗ることで、予算をかけずにイメージを一新。脱衣所やトイレの壁も含め、深いネイビーに統一することで、全体がシックな雰囲気になりました。


(各室への扉は、全てネイビーに塗り替え。洋室のクッションフロアは未使用状態だったためそのまま活用するなど、使えるものはできるだけ活用)

 


(脱衣所には新たに可動棚も設置。洗面台は元々あったものをそのまま使用)

 

中でもフロッグハウスらしさが表れているのが、見た目にはわかりにくい、住環境を改善する部分です。

 

換気扇もなく、浴槽がバランス釜のため小さくて使いづらかった浴室には、ユニットバスを導入し、24時間換気も実現。使いやすさのみならず、古い団地特有の湿気やカビのリスクを大幅に軽減しました。

 

また、全ての窓を二重サッシにすることでかなえたのは、断熱性能の向上と、子どもの声が外に漏れにくい防音効果。壁にはすでにある程度の断熱材が入っていたため、二重サッシにするだけでかなりの効果が得られました。


(二重サッシは、フロッグハウスが施主さんに必ず勧めるほど、断熱・防音の効果が期待できる)

 

このように、”市営住宅らしくない”変貌を遂げた、大東町住宅のファミリー物件。

このプロジェクトに込めた芦屋市側の意図や、団地リノベーションの経験が豊富なフロッグハウスだからこそ追求したこだわりについて、対談を通じてお届けします。

 

(写真左から、芦屋市都市政策部部長 島津久夫さん、フロッグハウス代表 清水大介、物件担当 笹倉みなみ)

 

 

市営住宅に若者を呼び込むためのリノベーション

兵庫県南東部における公営住宅と切り離せないのは、1995年の阪神・淡路大震災です。芦屋市でもそれまで1,000戸ほどだった市営住宅が、震災復興住宅の建設に伴い1,700戸ほどまで増えました。30年が経ち、市営住宅の適正な戸数については、内部でもさまざまな意見があるそうです。

 

人口減少が進むこれからの時代に向け「減らす」選択をする自治体が多いなか、芦屋市では、使える間は有効に活用し、まちづくりにいかそうという考え方で施策を進めています。

 

 

島津さん

実は芦屋の市営住宅には、毎年100戸程度の空室に対して140世帯ほど入居の申込みがある状況なんです。にもかかわらず全体として満室にならないのは、多くが高齢者の単身や二人世帯のため、エレベーターがある住宅や、1、2階の物件に需要が集中しているから。エレベーターがない大東町住宅の3階より上のファミリー向け物件に限り、空室が続いているのです。

 

公営住宅は、部屋数や床面積に応じて入居できる人数が決まるため、ファミリー向けの物件を、単身や二人世帯に提供することもできないのが現実です。階段を上る体力のある若者世帯を呼び込む決断をした島津さんたちが考えたのが、若い世代が「住みたい」と思う物件にするべく、空室をリノベーションするというアイデア。とはいえ、空室だからという理由で、支障なく暮らせる物件をリノベーションする案が承認され、予算を確保するのは簡単なことではありません。令和6年度に策定した「住生活基本計画」で設定した「良質な住宅ストックを次世代へ継承する」というコンセプトの中で、リノベーション後の大東町住宅の位置づけを明確にしたといいます。

 


(完成した物件に入るなり、「そうそう、これこれ」と満足した表情を浮かべていたという島津さん)

島津さん

採算性が合わないと予算はなかなか通りません。そこで、空室のまま家賃が支払われない状況での損失額を算出して、その金額内で工事費をおさめることにしたんです。そこに国からの補助金を合わせて、1戸につき500万円という金額で業者のプロポーザルを募ることにしました。

 

もちろん、説得材料はお金の面だけではありません。高齢化が進む大東町住宅に若い世代が入ることで、自治が基本である住民コミュニティの多世代化にもつながります。また、現在の市長が教育と子育てに重きをおいて市政を進める中、高級住宅のイメージがある芦屋に、いろんな若者が住みやすい状況を目指しているとアピールしたい思いもありました。

 

島津さん

若い人にとって、芦屋には気軽に住みやすいイメージがないので、そこを変えたい。そのためには、幅広い層に向けた住宅の選択肢を用意する必要があると思うんです。収入が低いうちは市営住宅に住み、ゆくゆくは市内に民間の賃貸住宅を借りたり、中古マンションを買ったりする。そんな選択がしやすい状況を目指しています。

 

そこで芦屋市が始めたのが「いい家あった!プロジェクト」。新婚世帯や子育て世帯を対象に、空き家状態だった住居の購入や貸借に対し、市が補助金を出すというもので、市内の遊休住宅の活用と若い世代の市内定住を同時に進めています。大東町住宅のリノベーションも、このプロジェクトの一環として行っています。

 

フロッグハウスの経験値から導いた、暮らしの質への注力

そうして提案の公募が始まった大東町住宅のリノベーション。1戸あたり500万円という予算は、近年の団地リノベの費用としては十分とは言い難いのが本当のところです。プロポーザルに踏み切るまでの間、フロッグハウスとしても「どこまで変えられるんだろう」と不安があったといいます。

 

笹倉

まずは、「私たちがやりました」と胸を張って言えるかどうか。アクセントクロスだけ貼って「リノベしました」というのはやりたくなかったですね。私が現地調査で最初に確認したのは、壁付けのキッチンを対面キッチンに変更できるかどうか。配管を見たらできそうだったので、「これはいけるな」と。元々のキッチンダイニングと和室部分をつないでLDKにできるか、というところも大事なポイントでした。

 

一方で、目に見えない「暮らしやすさ」の部分にもこだわるのがフロッグハウス流。団地リノベーションの際に必ず提案する、窓の断熱と防音、そして水回りの換気計画については、今回も外せないと考えていました。

 

清水

僕は、公営住宅でリノベーションをやるんだったら、24時間換気と二重サッシによる窓断熱が最優先事項だと考えていました。そこを押さえれば、住環境をだいぶ改善できるんです。それに、賃貸では本当に音のトラブルが多い。子育て世帯を想定し、子どもの大きい声が外に漏れないようにするためにも、二重サッシは効果的なんです。

 

幸い、大東町住宅は比較的新しいため、壁にはすでに断熱材が入っていました。また、浴室に換気扇がなかったものの、室内には若干カビがある程度で状態はまずまず良好。すぐ近くに保育所や小学校があり駅からは徒歩圏内、ベランダからは海も見えるという立地の良さからも、今回のミッションである「若者・子育て世帯の入居」を実現できると判断。対面キッチンと窓断熱、換気計画に注力ポイントを絞り、設計を進めました。

 


(ベランダの向こうには海が見えるロケーション)

 

それらに予算をかける分、他では「残せるものは残す」ことに。例えば、洋室の床のクッションフロアは、貼り替えた後一度も使われていなかったため、そのまま使用。玄関収納や各室への扉は色を塗ることでイメージを一新しました。まだまだ使える洗面台もそのまま活用し、水栓を混合水栓にしてお湯が使えるように。また、2室あった和室は、片方だけそのまま残し、片方はキッチンダイニングとつなげてリビングにしました。

 

リビングの床に杉の無垢材を選んだのは、賃貸物件を多く手がけてきたフロッグハウスの経験値があってこそ。

 

清水

無垢のフローリングって、経年変化を楽しめるし、木を削ってメンテナンスができるから、入居者の入れ替えのたびに貼り替える必要性がない。回していけるから、長い目で見ればコストがかからない資材なんです。初期費用がかかるので賃貸で無垢材が採用されることは少ないんですけど、僕らが手がけた賃貸物件で無垢床を採用されたオーナーさんが「無垢の部屋に住んでる人は部屋をきれいに使ってくれる」って言うんですよ。退去の時にも「すごく良かったから自分もリノベして住みたい」という話をしてくださる方も多いんです。

 

芦屋市からは当初、「市営住宅っぽくない、デザイナーズマンションのような雰囲気」というリクエストもあったそう。これまでの市営住宅のイメージを覆すような無垢材のフローリングには、単にデザイン性が高まるだけでなく、リノベの魅力を実感しながら丁寧に暮らせる効果もあるようです。

 

 

 

市営住宅のあり方から、地域の未来を見据える

今回、限られた予算だったからこそ、見えてきたのは「市営住宅のあり方」です。最終的に、断熱性能は向上し、水回りにこもる湿気やカビに悩むこともなく、快適な暮らしが保証された物件が完成しました。

 

断熱により光熱費が年間約1.5万円節約できる試算も出ており、月々のランニングコストが軽減されることがわかっています。市営住宅においては、経済的に厳しい生活を送る人も少なくありません。家賃同様、絶対にかかってしまうコストが減るというのは、優しさそのもの。真の意味で、住民によりそう住宅であると言えるのではないでしょうか。

 

清水

市営住宅のあり方を示せたんじゃないかなと思っています。団地でトラブルになりやすい、音やカビ・結露の問題の元になる部分に手を入れ、その結果、光熱費も削減できる。エネルギーコストがどんどん上がっている今の時代に、市営住宅がこのようにリノベーションされるのは、非常にいいことだと思います。SDGsをうたう行政にとっても、いいアピールができるのではないでしょうか。

 

ここで清水から島津さんに、「芦屋市さんにとって、これって市営住宅を3戸埋めるっていうプロジェクトじゃないと思うんですよね」と一言。賃貸物件において暮らしの質を担保したリノベーションを手がけてきた中で掴んだ、手応えから浮かんできた問いです。リノベーション賃貸に住んだ多くの人が「次は自分でリノベーションして住みたい」と、中古物件を探し始める。それは、大東町住宅においても起こり得る話なのではないでしょうか。

 

島津さん

市営住宅で芦屋生活をスタートして、「芦屋っていいまちだよね」と感じてもらえれば、市営住宅を出るときに、次の住まいとして、慣れ親しんだ芦屋で民間の賃貸を借りたり、中古マンションを買ってリノベーションしたりという選択肢が生まれると思うんです。「いい家あった!プロジェクト」では、中古マンションの購入やリノベーション工事にも補助金を出しているので、今回の市営住宅リノベーションを通じて、そうやって若い世代が段階的に市内に定住していく未来を描いています。

やっぱり、芦屋っていいものをつくるまちなので、全体的に物件の水準が高いんです。だからこそ、スクラップ&ビルドをするのではなく、50〜60年、頑張ったら100年くらい長持ちすると思うので、リノベして若い人にバトンタッチして、ずっと住んでいくのを目指しているんです。

 

大東町住宅では、今後5ヵ年計画でファミリー向け物件のリノベーションを進めていく予定だそう。初年度の反応を見る限り、5年後には全室が埋まることも十分に期待できます。「5年後に大東町住宅に行ったとき、若い人が増え、北側の広場で小さな子が遊んでいて、雰囲気が変わっていたら大成功」と期待を寄せる島津さん。今の住民のみなさんも工事の目的を理解していて、若い世代の入居を心待ちにしているそう。

 


(大東町住宅の敷地内にある、緑豊かな広場)

 

島津さんはさらに、市営住宅の多世代化によって、大東町エリアの付加価値がさらに高まるところまでをイメージしているといいます。

 

島津さん

大東町は芦屋市内の中心エリアではなく、認知度は高くないかもしれませんが、市営住宅が多世代化し、活性化することで、もっと着目されていくと思うんですよ。同じ住宅内に多様な世代が暮らすようになったとき、どういう化学反応が起こるかは未知数ですが、きっといい方向にいくと思っているんですよね。そうなることで、エリアのイメージが変わる よくなることにつながったらいいなと。

 

島津さんが描く未来のイメージは、夢物語ではなく、現実味を帯びて感じます。その理由を「ハードへの投資をしているからだ」と清水は言います。建物に手を入れず、ソフト面だけで若者を呼び込む企画は全国で多く見られますが、実際に若者が定着する例はあまり聞きません。市営住宅に投資し、気持ちよく暮らせる家を用意することの大切さを訴えます。

 

清水

人とつながり、積極的に活動をしていくのって、自然と生まれてくるものですよね。居心地がいい場所に人が集まり、そこでつながりが生まれるから面白い。ソフト面は後からついてくると思うんですよね。

どれだけ気に入った家でもいろんな事情で引っ越さないといけない時はくるけど、芦屋市さんはその時に手厚いサポートをしてくれる。市営住宅が「入り口」となって、芦屋市内での定住を選んでいく流れができていますよね。

 

芦屋市では他にも、マンション管理を支援するための条例を施行するなど、遊休物件を減らしていくために市をあげて取り組んでいます。それが巡り巡って、市営住宅を退去した家族が選びやすい物件が豊富にある状態につながるのです。

 

島津さん

一棟丸ごと建て替えをしなくても、その中の部屋をリノベするだけで周辺エリアは変えられるのだろうかと、ある意味で実験とも言えるかもしれません。

このプロジェクトを通じて、芦屋市はちゃんと、若い世代が暮らしやすい住居について考えていますよ、というメッセージを伝え、芦屋に住むことが若い人の選択肢になってほしいですね。

 

笹倉

芦屋には高級住宅しかないわけじゃないんだっていうのが、市外から見てもわかるようになっていきそうですね。

 

スクラップ&ビルドではない、市営住宅の快適性を高めるリノベーションという投資。住宅の空室率だけを見るのではなく、入居者の次の住まいや、周辺エリアにまで視野を広げるだけで、こんなにも価値が増すことに驚きます。

 

5年後の大東町住宅の景色を楽しみにすると同時に、他の自治体にも芦屋市の考えが広がっていくことで、多くの公営住宅が、再び多世代で賑やかになっていくことを願っています。

 


 

▶︎この物件の施工事例写真

 


 

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