オモロい公共施設は、産学官民でつくれる。
公園と建物を一体化し、新しい価値を生んだ
「うちぶん」のリノベーション

芦屋市 リノベーション「うちぶん」

Writer:村崎恭子

ライター/エディター/プランナー。サステナビリティやソーシャルグッドな活動の担い手へのインタビュー取材が専門分野。エシカルなものづくりのストーリーを届けるショップ「メルとモノサシ」を運営しています。
https://meltomo.theshop.jp/

JR芦屋駅から徒歩10分と少し。たくさんの車が東西に行き交う国道2号線の「山打出」交差点を南へ曲がると、さっきまでの喧騒が嘘のように静かで小さな道沿いに、どこか懐かしい雰囲気の街並みが続きます。緑が生い茂る神社を通り過ぎると、今度は蔦に覆われたレトロで重厚な洋館が。奥に目をやると、近代的な建物とつながっていることがわかります。

芦屋 リノベーション うちぶん 外観

長い通路の突き当たり、自動ドアを入ると、すぐ右手には開放的で大きなキッチン。周囲は落ち着いた雰囲気のカフェスペースになっていて、おやつをつまみながら勉強をする中高生や、コーヒーを片手におしゃべりを楽しむ女性たちの姿がありました。

うちぶん カフェ 芦屋

振り返ってホールを見ると、カラフルなキッズスペースを温かみのある杉材のベンチが丸く囲んでいます。子どもたちが靴を脱いでわいわいと遊ぶ横で、おじいさんがベンチに座って新聞を広げたり、親子3世代でガラス越しに見える日本庭園を楽しんだり。いろんな世代の人が思い思いに過ごしています。

うちぶん 芦屋 キッズルーム リノベーション

ホールの隅から和室に入ったところで、赤ちゃんを連れたお母さんに出会いました。赤ちゃんは広い畳の上をのびのびとハイハイできて、うれしそう。「お隣の公園へお散歩に来たのでこちらに寄ったら、こんな快適な部屋が開放されていたので助かりました」とお母さん。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 キッズスペース

ここは、2024年4月、兵庫県芦屋市打出小槌(うちでのこづち)町に誕生した「うちぶん」。教育文化施設・芦屋市立打出教育文化センターと、隣接する打出公園が一体化し、リノベーションによってまちの「にぎわいの拠点」として再出発した芦屋市の公共施設です。

二つの境界をなくし、自由に往来できるスロープができたことで、公園に遊びにきた子どもが建物に出入りしたり、建物内に飲食可能なフリースペースが新設されたことで学生が勉強をしにきたり、地域住民の交流の場になったり。以前は閑古鳥が鳴いていたという建物内には多世代の人が集まるようになり、日々にぎわいをもたらしています。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 スロープ
(公園と建物がスロープでつながったことで、公園のトイレは撤去。建物のトイレを使うようになり、人の流れが生まれた)

フロッグハウスは今回、この施設のリノベーションを総合的な「にぎわいづくり」の業務として請け負い、工事のみならず運用ルールの策定・改善にまで関わりました。計画発足からオープンまでの道のりは、公共施設改修の前例を覆すような、産学官民のリレーそのものだったといいます。

一体、うちぶんはどのようにつくられたのでしょうか。今回のリノベーションに携わったみなさんに集合いただき、お話を伺ってきました。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 関係者

地域に愛されてきた建物と公園を一体化

「うちぶん」の建物部分、芦屋市立教育文化センターは、先に紹介した洋館、登録有形文化財の旧松山家住宅松濤館(芦屋市立図書館打出分室)や豪華な日本庭園を有する、芦屋市教育委員会の施設。主に芦屋市の教員の研修や、学校外の子どもの居場所「のびのび学級」(適応教室)のために使われてきました。

地域住民向けに会議室や和室の貸室もしていましたが、利用率は20%にも満たず。一般の地域住民がこの場所を訪れる目的のほとんどは図書館でした。

島津さん
「今でこそ分室なのですが、元々は芦屋市のメインの図書館がここだったんですよ。登録有形文化財になっている石造りの建物は、明治時代に大阪で建てられた銀行の建物を個人が購入し、移築したもの。それを芦屋市が購入して図書館になったんです。1990年に新しい建物を増築してつなぎ、教育文化センターになりました。
だから、この地域に古くからいる人にとっては、ここは図書館があった場所だし、この建物に誇りや親しみがあるんです。向かい側には神社があったり、少し南には金津山古墳があったりと、この辺りは文化や歴史の香りがするんですよね。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」旧松山家住宅松濤館
(旧松山家住宅松濤館/芦屋市立図書館打出分室は、明治の建築をこの地に移築したもの)

一方、お隣の打出公園は、小説家・村上春樹氏の処女作に登場した「猿の檻」がある公園。かつては猿だけでなく孔雀なども飼育し、まるで動物園のようだったといいます。動物がいなくなった後も猿の檻だけが残され、“ハルキスト”の聖地に。地元住民からも「おさる公園」という愛称で親しまれてきました。

どちらも市が管理していましたが、施設と公園の境目には高低差があり、行き来することは不可能でした。目的も管轄組織も異なる中で「一体化」の話が出たのは、それぞれのリニューアル計画が同時期に生じたことがきっかけでした。

三柴さん
打出公園のリニューアルの話が出た当時、僕は道路公園課の工事担当課長でした。2018年に地域住民との話し合いが始まり、その中で「教育文化センターと一体化してほしい」という要望書をいただいたんです。でも、その時はまだ一体化なんてできると思っていなかったので、とりあえず公園の遊具やトイレなどの設備について話を進めていました。ある日、島津さんから「打出教育文化センターが大規模改修をするけど、一緒にならへんかな」と相談があって。その計画がちょうど公園改修の1年後だったので、「ならば、そちらに合わせて1年遅らせましょう」と。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」島津 三柴
(左/芦屋市都市政策部部長:島津久夫さん、当時は企画部マネジメント推進課課長。右/芦屋市役所企画部市長公室DX革推進課行革担当課長: 三柴哲也さん、当時は道路公園課の工事担当課長)

当時の島津さんは、部署間の壁を超えて公共施設の再編を推進する立場でした。住民利用率の低い打出教育文化センターの大規模改修に際し、これまでとは違う機能を持たせ、地域のにぎわいの拠点にできないかと考えたのです。「何億もかけてリニューアルするなら、より地元の人に使ってもらえる場所にしたかった」と振り返ります。

とはいえ、この建物は教育関係者が長年使ってきた施設。「にぎわいの拠点」というこれまでと異なる機能を持たせることについて、当時センター長だった田淵さんはすんなりと納得できたのでしょうか。

田淵さん
話を聞いた時、一番気掛かりだったのは、やはり「のびのび学級」(適応教室)に通う子どもたちですね。物音や匂いなどに敏感な子も多いので。だけどある意味では、あの子たちは「学校は今のシステムではあかん」とサインを出してくれている存在です。だったら、これからの学校教育のあり方を考えたとき、「にぎわいの場として新設される部分を、うまく活用できたらいいんちゃう?」と。もちろん子どもたちのことを最優先に考え、いろいろと協議をさせてもらいましたが、当時の学校教育部長とはそんな話をして、前向きに受け入れることにしました。

公園と反対側のお隣は幼稚園ですし、多世代が交流できる場としては、ここってすごく魅力的だと思うんですよ。将来的には地域のみなさんと「のびのび学級」に通う子どもたちが一緒に何かをやって、お互いの学びにつながるようなことが起きたらいいな、「教育のまち芦屋」としての発信基地のような場所になれば面白いなと、思っていましたね。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 田淵
(写真右/芦屋市立潮見小学校校長:田淵雅樹さん。当時は芦屋市立打出教育文化センター長)

従来のやり方ではない、学生による市民との対話

一体化へ向けて具体的な内容を決めていくにあたり、芦屋市が目指したのは、“未来の利用者”の声を聴き、反映させること。そのため、従来のように行政と一部住民による協議で決めていくのではなく、包括連携協定を結ぶ武庫川女子大学の学生たちに利活用の提案を依頼したのです。学生たちを率いたのが、伊丹さんでした。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 伊丹
(武庫川女子大学生活環境学部生活環境学科 建築・まちづくり研究室准教授:伊丹康二さん)

伊丹さん
僕は建築の出身ですが、今はいろんなところで公共施設の再編に関わらせてもらっています。公共施設を元の機能のままリニューアルするのではなく、建物の固定化した機能や用途を、社会のニーズや地域の実情に合わせて変えていくことが必要なんです。これって、民間の施設ではオーナーさんの意志ひとつでできるけれど、公共施設でやるのは簡単ではなく、それゆえに面白さを感じています。

今回、芦屋市さんから「学生目線で関わっていただき、自由に提案してもらっていいです、どんな提案でも受け止めますから」とお話をいただいて。そこまで自由にしていいと言われると、何かできそうやなと。2022年度の前期、生活環境学科まちづくりコース2年生の演習科目で、授業として関わらせてもらうことにしました。

学生たちは約4ヶ月かけ、共用エリアや貸室の利活用について提案書を作成しました。その中で注力したのは、自治会など一部の地域住民だけでなく、リニューアル後に利用者となりうる人の声を広く聴くこと。学生主導の住民向けワークショップを2回開催し、そこで聴いた声を参考に提案をまとめました。

伊丹さん
1回目のワークショップは学生たちも初心者ですし、参加者の幅も狭かったですね。「学生から見た打出地域やうちぶんの魅力・課題」を事前にまとめて参加者と共有し、この場所をどうしていきたいか意見交換をしたのですが、一部の住民の方は、学生に対して少し厳しめの態度だったんですよ(笑)。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 ワークショップ
(1回目のワークショップへ向け、学生たちは打出地域をまち歩き。気づいた魅力や課題をリストアップし、参加者に共有した)

従来のやり方に慣れた参加者ほど、ワークショップで進めるやり方に半信半疑だったのかもしれません。「このまま一部の住民だけで話し合っていくことに抵抗があった」と伊丹さん。学生たちに「次は地域住民が気軽に参加できるお祭りみたいにせえへんか?」と提案したそうです。

伊丹さん
やっぱり広く知ってもらわないと新しい利用者層は来ないので、2回目はイベントのようなワークショップにすることを意識しましたね。地域にどーんと開いて、できるだけ多くの人を呼びたいね、と。それによって、「なんか打出教育文化センターが変わろうとしているんだな」と思ってもらうことが大事だと思ったんです。

学生たちは1回目のワークショップの内容を振り返り、今回のゴールを「あらゆる世代にとっての居場所づくり」と設定。「シンボリックな場所にする」「歴史的価値を継承する」「使い方を考え直す」という方向性に沿って、5つの提案をつくりました。2回目のワークショップは、それらのアイデアを市民に「どう思いますか?」と聞き、気軽に意見を言ってもらう場にしようと考えたのです。

少しでも幅広い人たちに来てもらうため、「猿の檻に入ってみよう」「うちぶんのキャラクターを決めよう」など、アイデアにちなんだ面白いコンテンツを用意し、チラシをつくって地元の小学校や幼稚園で配ってもらいました。当日、チラシを握りしめた女の子が「猿の檻に入りたい」と現れたときには、みんなで感動したそう。多世代が集まり、和気あいあいとした雰囲気で2回目のワークショップを終えることができました。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 猿の檻
(2回目のワークショップでは、猿の檻に入れる体験コンテンツを用意)

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 体験イベント
(学生たちの提案に対し、参加者がイベント感覚で気軽に意見を伝えられるように工夫)

伊丹さん
直接話ができる体験イベントでは、座って付箋に書くワークショップよりも思ったことを遠慮なく言えるんです。「キッチンなんかつくってどうするの?」「私はそんなん嫌やで!」っていう意見も、とりあえず言ってもらえる。結果的に反映されなかったとしても、参加して本音を聞いてもらったことで納得しやすくなると思います。

島津さん
僕たちがやっていたら、絶対にあんな展開にはならなかったです。地元の人といい関係を築き、楽しい盛り上がりの中からアイデアが生まれていく。あの形が本当に良かったと思うんですよ。

学生のからバトンを受け取り、「にぎわい」を設計

学生たちは、2回目のワークショップで広く集めた市民の声を参考に、元の案をブラッシュアップ。最終的に5つのアイデアを盛り込んだ提案書を作成し、芦屋市に提出しました。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 学生アイデアマップ
(2回のワークショップを経て学生が考えたアイデアマップ。①〜⑤が具体的な提案)

芦屋市はこれを基本構想として、建物内共用スペースの設計と運用ルールの提案をプロポーザルで募集。フロッグハウスの案が採用され、学生たちからバトンを受け取ることになりました。これも、従来の公共施設改修とは全然違うやり方だそう。

島津さん
通常であれば、この提案書を市役所の建築課が引き取り、公共工事の標準仕様に合わせた、ごく一般的な「公共施設」を設計します。設計書が出来上がったら入札をかけ、一番安く請け負ってくださる事業者に工事を発注する。ただ、そのやり方ではなかなか、ここのような出来上がりにはならないんですよ。だから、今回は工事の発注ではなく「にぎわいづくりの業務委託」という形で募集したんです。

その意図も受け取っていたフロッグハウスとしては、「公共施設っぽくない」やり方にこだわって設計を進めたと言います。

フロッグハウス 代表 清水
(写真左/フロッグハウス代表:清水大介)

清水
前提として、僕らは建築的にすごいことをやるというよりも、「利用者の幅が広がり、利用率も高くなる」という命題をクリアしたいと思っていました。その中で、兵庫県産木材を使って地域性を出したり、なるべく新建材を押さえたりと、公共施設っぽくないものを目指していきましたね。

学生さんが提示した方向性は理解していたので、図面管理は割と早い段階で決まったのですが、運用ルールの策定に関しては、施設を管理する教育委員会とのやり取りに時間をかけ、丁寧に対応していきました。

1階は「にぎわい」、2階は「静かに過ごす」

では、フロッグハウスは学生の提案をどのように形にしていったのでしょうか。

1階のテーマは「にぎわい」。ホールを中心に、人が集まり談笑が生まれる空間を、スペースの設計とルールの改変で実現しました。

改修前には図書館の入口前に古いベンチと新聞ラックがあるだけだったホールには、小さい子どもが裸足で遊べるカラフルなマットを敷き詰めたキッズスペースと、それを囲むように、座面に兵庫県産木材を使ったベンチを配置しました。図書館の本を全館持ち出し可能にすることで、ホールのベンチに座って子どもに読み聞かせをしたり、本を片手に談笑したり。教育施設らしさを残しながら、多世代が集い、気ままに過ごせるような設計にしました。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」1階テーマ「にぎわい」

住民の声にも多かった「飲食を可能にする」というルール改変は、学生もフロッグハウスも譲れないポイントでした。以前は執務室の一部だった場所を共用スペースにし、外から見える開放的なシェアキッチンと、カフェスペースを新設。カフェスペースにはカウンター席とテーブル席を設置し、自由に飲食ができるようにしました。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 カフェスペース
(モールテックスのアール壁や、落ち着いたデザインの照明が、公共施設らしくない雰囲気を演出する。カフェスペースにはコーヒーマシーンや給水機も設置。カウンター席の壁付照明は、芦屋市にある「ヨドコウ迎賓館」を設計したフランク・ロイド・ライトのデザイン。芦屋らしさを持たせました)

1階の隅にある和室は、以前は貸室利用のみで使われていましたが、予約が入っていない時間には自由に出入りができるよう、ルールを改変。新しいいぐさの香りに包まれ、縁側からは日本庭園も眺められる落ち着いた雰囲気の部屋は、小さな子どもを連れた親子が訪れることを想定しました。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 畳部屋
(畳は全て貼り替え、古き良き雰囲気は残しながら、縁側をきれいに整えました)

公園のシンボル「猿の檻」は解体。エントランスの案内看板や、ホールの壁一面の掲示板にアップサイクルし、形を変えて継承することに。定期的に開催される絵画や習字などの展示に対応できるよう、掲示板は予定よりも大きくなりました。また、図書館の本を運んだり飾ったりできるブックトラックは、地域の子どもたちとDIYで制作。廃材を用いたワークショップには多くの子どもや芦屋市職員が参加し、大いに盛り上がったといいます。愛着のあるものを館内に置くことで、施設への親近感も育むことができました。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 ブックトラックワークショップ
(ブックトラックづくりのワークショップは、参加した子どものみならず、教育関係者も楽しんでいたそう)

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 ブックトラック
(解体した猿の檻を4枚継ぎ合わせた掲示板。公園からの撤去については反対の声も多かったが、最終的には有識者も「文化がいい形で残った」と認めてくれたそう。右手前に置いてあるのがブックトラック)

一方で2階は、教育文化施設らしく「静かに過ごす」がテーマの空間に。以前は、階段を上がるのは会議室の利用者と、奥にある「のびのび学級」に通う子どもたちだけでしたが、今回、ホール部分に「自習スペース」の機能を持たせ、自由に出入りができるように。新たな人の流れをつくりました。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 自習スペース
(自習スペースになった2階ホール。机の天板にはモールテックス、床はモルタル系の素材を使用し、落ち着いた雰囲気に。カーブ状の机は、他人と目線が合いにくく、勉強や作業に集中しやすい)

この奥には「のびのび学級」があり、子どもたちの環境が大きく変わるのを避けるため、自習スペースのルールづくりは教育委員会と何度も協議を繰り返したそう。最終的に、平日は子どもたちの帰宅後、14時から一般開放することになりました。

「公共施設でも、オモロいことができる」

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 案内板
(エントランスを入ってすぐの案内板も、猿の檻と県産杉材でつくられている)

今回、フロッグハウスが請け負ったのは、比較的自由度の高い、一部分の設計に過ぎません。大規模修繕のハード面、傷んでいる箇所の修繕や配線・配管の変更などは芦屋市の建築課が担当しました。工事は並行して行われていたため、同じ現場に違う指揮系統の工事関係者が入り混じる状況だったそうです。

工事が始まるタイミングで異動になった島津さんは「揉めても不思議じゃないと思う。現場は大変だったんじゃないかな」と案じますが、実際には建築課のみなさんにとって、アイデアを次々と形にしていくフロッグハウスの動きを横で見ることは、いい刺激になったようです。

笹倉
揉めるどころかすごく協力的で、期待してもらっているのかな?と思うことも度々ありました。トイレや会議室などのサインの工事も、フロッグハウス側でやった方が統一感出るからと、委ねてくれましたね。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 館内サイン
(館内各所のサインは、工事の過程で急遽フロッグハウスが担うことに。ここにも県産木材を使用)

島津さん
逆に、面白いデザインは全部フロッグハウスさんがやったと思っていたら、実は建築課が「フロッグハウスさんだったらこうするかな」と寄せていた箇所もあって。それっぽくなってるんですよね(笑)。彼らも建築の人間やし、同じ現場ですごく勉強していたんだと思います。「こんなオモロいこと、公共施設でやっていいんだ」と気づけたんじゃないですかね。だから僕も、「もっと面白い工事をやりたいなら、やればいい」って、ずっと言ってるんです。「うちぶん」が、その前例になったらいいですよね。

うちぶんは、もっとにぎわう場所になれる

オープンして数ヶ月経った今、みなさんそれぞれに、手応えや課題を感じているようです。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 三柴

三柴さん
やっぱり、地域の方たちと長い間話ができたことが一番よかったと思いますね。最初は上の年代の方ばかりだったけど、学生さんたちのワークショップのおかげで子育て世代の方たちも入ってくれたことは大きかったです。公共施設って、つくる過程に関わった人間が地元にいる間は絶対にきれいに使われるんです。だから、若い世代に入ってもらうことが大事なんです。

教員歴の長い田淵さんも、「子どもや保護者と話すのは慣れているけれど、こうやって地域の方たちと話し合うのは、ダイナミックで貴重な体験だった」と振り返ります。

清水は、「いい意味で公共施設らしくない、地域のみなさんが通いたくなるような場所にはできたと思う」と自負をのぞかせる反面、「もっともっと新しい利用者を増やしたい」と、現状にはまだまだ満足できていない様子。それは島津さんも同じです。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 島津

島津さん
公園と建物がつながり、人が集まってきたけれど、シェアキッチンも貸室も自習スペースも、もっと利用してもらわないといけないと思っています。そういう意味では、まだまだなんですよね。

ワークショップで僕は「お金をかけるんですから、使って使って、使い倒してくださいね」と何度も伝えました。使うことで、今のルールがまだまだ不自由であることに気づいて、「カフェスペース以外でも飲食したってええやんか」とか「予約がしづらい」とか、言っていただいたらいいと思うんです。そうすれば、さらなる改良を進められる。これだけやったからこそ、これで終わるのは勿体ない。もっとにぎわう場所になれるはずです。

一方で笹倉は、自身の設計によって生まれた光景を見たときの感動をはっきり覚えています。

フロッグハウス 設計担当 笹倉
(フロッグハウス設計担当:笹倉みなみ)

笹倉
「改修前、毎日ここに通って1階のベンチで新聞を読んでいたおっちゃんたちを除け者にしないでほしい」という意見に、結果的に応えられたことが嬉しくて。親子で過ごせるスペースを意識してホールの設計を進めたけれど、先日見にきたときに、常連のおっちゃんが新聞を読んでるすぐ後ろで、赤ちゃんがハイハイしてるんですよね。「あ、新旧の住民が同じ場所にいる!」って(笑)。あのサークルひとつでその絵を可能にできたのは、本当によかったなあって。

みなさんの言葉に熱心に頷きながら、伊丹さんは興奮気味に、「うちぶん」の素晴らしさを説いてくれました。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 関係者

伊丹さん
公共施設の再編をたくさん見てきましたが、教育委員会の施設を“地域の多世代がふらっと訪れる場所”に変えることは難しい。すごいことなんですよ。教育文化センター単体の改修工事ではなく、公園の機能と融合し、地域住民の声や参加によって新しいカタチの教育文化施設として生まれ変わった。リノベーションによって新しい価値をつくり出したわけです。

芦屋市さんも見えないところで部署間の調整などに尽力されたでしょうし、フロッグハウスさんの「子どもたちと一緒にブックトラックをつくる」というような、周りを巻き込むやり方も効果的だったと思います。

芦屋市 リノベーション「うちぶん」 関係者

異なる立場で「うちぶん」リノベーションに関わったみなさんのお話からは、組織、業種、立場…さまざまな壁を越えて一緒に何かをつくっていくことの難しさを感じると同時に、だからこそ生まれる新しい価値を感じることができました。

リノベーション会社が公共施設のルールづくりにまで参画すれば、関係者みんなを巻き込むワークショップを開けるし、大学生が授業として公共施設の改修に参画すれば、幅広い世代の住民が気軽に意見を言う場をつくれる。「うちぶん」は、それぞれの視点や得意をいかしあうことで、いろんなことを可能にしたのです。

一般的に、行政は「前例があれば動きやすい」と言われます。「うちぶん」は今後、産学官民のリレーで新しい価値を生んだ公共施設の前例として、芦屋市ではもちろん、他の地域でも参考にされていくのではないでしょうか。オモロい公共施設は、産学官民でつくれる。この確信が他の地域にも伝わり、いかされていくことを願っています。

(文・インタビュー写真:村崎恭子)
(館内写真:藤田 温)

こちらの施工事例は一般社団法人リノベーション協議会の「Renovation of the year 2024」の「無差別級の部」にエントリーされています。
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