「この形で戻ってこれて本当に良かった」
一度神戸を離れた夫婦が“終の住処”に選んだのは
25年前、家族で少しだけ暮らした団地の持ち家

Writer:村崎恭子
ライター/エディター/プランナー。サステナビリティやソーシャルグッドな活動の担い手へのインタビュー取材が専門分野。エシカルなものづくりのストーリーを届けるショップ「メルとモノサシ」を運営しています。https://meltomo.theshop.jp/

これまでの施主さまのインタビューからもわかるように、団地リノベーションには、さまざまなスタイルがあります。たくさんの「こんな暮らしがしたい!」に寄り添う中で、フロッグハウスが“団地へのフィット感”をもっとも感じているのは、子育てが落ち着いたご夫婦での暮らしだといいます。

今回、向かった先は名谷団地。神戸市営地下鉄名谷駅から徒歩圏内にあり、商業施設も充実していることから、今でも幅広い世代に人気の団地です。転勤で神戸を離れて25年、再びここでの暮らしを「再スタート」させた、藤本さんご夫妻にお話を伺いました。

■DATA

住所:兵庫県神戸市須磨区
スタイル:団地リノベーション(約71.5㎡、築47年)
費用:リノベーション約1,170万円(補助金63万円含む)※物件は持ち家
家族構成:夫婦(夫58歳、妻57歳)
間取り:Before 4DK→ After 1LDK
フロッグハウス担当者:清水大介

25年前に2年だけ住んだ持ち家へ帰ってきた

藤本さんのお宅は、名谷駅から徒歩7〜8分ほどの棟の4階にあります。このお部屋、実は25年前、まだ二人の息子さんが小さい頃に購入した、藤本さんの持ち家なのです。

「私は元々名谷で育ちました。この辺りがニュータウンとして開けた頃に名谷に来て、今も同級生がたくさんいますし、勝手知ったる街です。子どもが生まれたあと、小学校も幼稚園も近くにあり、駅まで歩いてすぐ出られるから、その利便性も魅力的で購入しました」(妻)

ところが家族4人で2年ほど住んだのち、ご主人の転勤で神戸を離れることに。以来、神奈川県藤沢市で約20年、その後は山口県岩国市で社宅暮らしをしてきました。その間ずっと、名谷の物件は賃貸で人に貸していたそうです。


(藤沢では約20年暮らしましたが、その間に何度か引越しをしたそう)

神戸に戻る決断をしたのは、息子さんたちも独り立ちし、夫婦二人で山口で暮らしながら60歳という人生の節目が見えてきた頃でした。

「60歳になったら、私だけが一足お先にこっちに戻ってくるって決めたんです。でも結果的に、それが3年早まっちゃって」(妻)

その背景には「年末年始などに親戚みんなで集まる拠点がほしい」という思いがありました。ご主人の実家も団地で、全国各地で離れて暮らす兄弟とその家族が集った時にゆったり過ごせるスペースがなく、不便に感じていたのです。

「どうせ神戸に帰るなら、たとえば長田とか兵庫とか、もっと便利なところに家を買うことも考えたんですが、ここを直すのが一番安上がりやな、と」(夫)

3〜4年後に戻ることを借主に伝えたところ、退去が思いのほか早かったこともあり、はじめはあくまで親族の「拠点づくり」を目的にリノベーションを実施することに。ところが「やっぱり相談していくうちに自分の住みたい家になってきた」と奥さま。60歳になるのを待たずして、単身神戸に帰ってきました。昨年12月に奥さまだけが入居し、ご主人は月に1〜2度、山口からやってくるような生活をしています。


(2拠点になるため、家電類はほとんど新調。通販で買ったダイニングライトは、色味がイメージと違ったため、奥さまが自分で塗り直したそう。黄色の壁紙によく合います)

モデルルームでイメージを膨らませ、月に一度神戸で打ち合わせ

普段は山口に住んでいるため、リノベーション業者の選定はインターネット検索に頼ったそう。「神戸 団地リノベーション」と検索し、フロッグハウスと出合いました。2023年3月に現地調査で対面し、フロッグハウスが手がけた名谷団地内のモデルルームも見学。その日のうちに依頼することを決めたといいます。

「モデルルームのある竜が台団地も私はすごく馴染みがあって。友達もいっぱいいたから、元の状態も知ってるんです。団地は本当に玄関も洗面もトイレも狭い。特に玄関が暗いのは昔から嫌で、それだけは勘弁って思っていたんです。モデルルームを見て、ああこんなに明るくなるんだ、変わるんやなって思いましたね」(妻)

キッチン周りには造作の家具をイメージしていたため、モデルハウスの杉の木を使った造作のカウンターにも惹かれたそうです。

山口に住みながらの打ち合わせは、リモートが中心かと思いきや、意外にもほとんど対面で実施。月に1度のペースで夫婦で神戸へ訪れ、現場を見ながら「この壁は取れますか?」「靴箱つくれますよね?」など一つずつ確認していったそう。ご主人は「地べたに座って壁紙のカタログを広げたなぁ」と、懐かしそうに振り返ります。


(奥さまの手帳を見ると、フロッグハウスとの打ち合わせの日にはかわいいカエルマークが!実はカエル好きだそう)

団地をよく知っているから、ネガティブな点を解消

具体的なプランを進める中で、藤本さん夫妻がこだわったのは、やはり団地特有のネガティブな点を解消すること。「明るくしたい」、「階下に音が響かないようにしたい」、「配管を隠したい」。一度この家で暮らした経験もあるからこそ、より具体的な希望を伝えました。

「明るさにこだわって、扉も限りなく大きくしたかったんです。ただ、最近流行っている全部オープンにするのは好きではなくて。壁はできるだけ取り払いたいけど扉はつけたい、とお願いしました」(妻)

かつては壁で仕切られていたリビングとダイニングの間には、ご主人がこだわって選んだ透明の建具を入れることで、光を遮らず、ほどよいつながりが生まれました。


(手前のリビングと奥のキッチン&ダイニングは、透明の建具でゆるやかに仕切られています)

ご主人が特に気にしていたのは騒音対策。かつてここに住んでいた頃は子どもが小さく、階下に気を遣っていた記憶があることから、最優先事項だったといいます。吸音性の高い床材や閉まるときに音を立てない建具を選ぶことで、不安を解消しました。


(扉を勢いよく閉めても、最後は静かに閉まる建具を家中に採用)


(洗面台にも造作の家具を設置。団地特有の剥き出しになった配管を、メンテナンスができる範囲で隠しています)

また、断熱については当初は特に考えていなかったものの、お得な補助金を使えたこともあり、清水からの強い薦めで、外に面した壁面と窓に採用しました。

「予算は上がったけれど、ここは老後の住処と考えているから、この先、こういうことにお金を使うことはもうないやろうと、上がるものは仕方ないと考えました」(夫)


(窓は全て二重窓にしました)

「最初は正直、窓を2枚開けるのは面倒くさいなって言ってたんです。でも24時間換気になっているから窓を開けることもそんなにないので、慣れましたね。昔住んでた頃とは冬の寒さが全然違うので単純比較はできないけれど、朝に寒くて震えながら起きてくるようなことはないですね。10〜20分暖房で温めれば、切っても暖かさが持続します」(妻)

自身で設計図を描き、造作のキッチンカウンターを実現

念願の造作家具は、この家の主役ともいえるキッチンのカウンターで実現。キッチン側は家電やごみ箱、食器がしっかり収納できるような棚、ダイニング側は座って食事ができるようになっています。


(現地に資材を持ち込み、大工さんが組み立てたキッチンカウンター。モールテックスと杉板の組み合わせがこだわり)

このカウンターは、なんと奥さまが自分で設計図を描いたそう。フロッグハウスの事例や画像検索アプリでデザインのイメージをつかみ、新調する家電のサイズを考慮して家電の棚割りまで考えるというこだわりよう!


(奥さまが描いた間取りの設計図やカウンターの図面)

天板の素材は最後まで悩んだといいます。タイルの雰囲気に憧れがあったものの、ご主人が「いずれ蕎麦打ちをしたい」と話していたことを考慮して、手入れがしやすいモールテックスを選びました。側板には杉材の無垢ボードを採用。モールテックスのクールな雰囲気を木の質感が温かく包み込みます。奥さまも「今まで住んだどこよりもキッチンが広くて使いやすい」と、この家で一番のお気に入りだといいます。


(ダイニング側は収納棚と、二人ほど座れるカウンターになっています)


(キッチンは山口のショールームで決めたそう。水平のまま引き出せる収納棚はどうしてもつけたかったといいます)

団地は二人住まいにちょうどいいサイズ感

実際に暮らし始めて数ヶ月。奥さまは「唯一自分たちが買った場所にこうやって、この形で戻ってこれて、本当に良かったと思う」と語ります。


(ソファでテレビを見ながら昼寝をするのが至福のときだそう)

遠く離れて暮らす二人の息子さんが帰省したときを想定し、客間をつくることも考えましたが、「年に3日あるかないか。本当に必要か?と相談し、やめました」とのこと。このように、最初に出したたくさんのアイデアを必要最小限に削ぎ落としていったそうです。

「そりゃぁ子どもたちには頻繁に来てほしいけれど、男二人なのできっとそんなに来ないだろうし、リビングに布団敷いて寝られるしね。二人暮らしの僕らの家にやたら部屋があったって、多分倉庫になるだけ。団地のこのくらいの広さは、実は一番扱いやすいと思いますね」(夫)


(奥さまがアイデアをたくさん出し、ご主人が「シンプルイズベスト」の考えで削ぎ落としていく、というチームワークで進めたそうです)

奥さまは長年、高齢者介護の仕事に就いてきたそう。「歳をとって車に乗れなくなったとき、便利な場所であれば暮らせる」とよくわかっているため、利便性の高い名谷団地は、子育ての落ち着いた世代にとって暮らしやすい街だと話します。そして、取材中に何度も口にしていたのが「4階まで上がれる体力をキープしないとあかん」というコメント。毎日階段を上ることが健康を維持することにつながる、というポジティブな視点に気づかせてくれました。


(キッチンカウンター下にある家電のスライド棚を動かす動作は「スクワット」さながら。階段だけでなく毎日の家事も、自ずと健康な体を維持することにつながります)

最後にお二人から、団地リノベーションを検討している人へ向けて、ご自身の経験を踏まえたアドバイスをいただきました。

「正直に相談することが大事なんかなと思いますね。もちろんできる・できないはあるけれど、やりたいことを全部伝えたから、後悔している部分がないです」(夫)

「今住んでらっしゃる方やったら、たとえば湿気とか、団地の嫌な部分を相談したら改善できますし、新たに団地を買ってリノベーションされる方も、ビフォーアフターを参考にすれば、限りなく希望通りにできるんじゃないかな。団地ってやっぱり伸びしろがありますよね」(妻)

ご主人が神戸に戻られているときには、よく二人で、徒歩やバスで神戸のあちこちを散策するそうです。名谷から垂水区の塩屋まで歩いたり、地下鉄で長田へ出かけて徒歩で帰ってきたり。「この地域をよく知っているから、バスや電車をうまく使って動けるんです」とのこと。

7〜8年後、ご主人が山口から戻って二人暮らしが始まったら、夫婦でそんな風に過ごされることでしょう。25年の時を経て、今のお二人にちょうどフィットする形で生まれ変わったお部屋での腰を据えての暮らしは、これまで住まいを転々としてきたからこそ、楽しい発見の連続になるのではないでしょうか。一足お先に生活をされている奥さまの生き生きとしたお話しぶりから、そんな未来が想像できました。

(写真:藤田温)