小さなまちの納屋と団地。
“古き良き”が心地よい、職住一体のカタチ

兵庫県でもっとも小さいまち・播磨町。約9㎢のこのまちで今、クリエイティブの輪が広がっているのを知っていますか?

山陽電鉄播磨町駅から歩くこと約5分。小学校の向かいにある古い住宅の敷地内に、凛と佇む黒い家屋が目に入ります。正方形のライト、重厚感のある古い扉……。中からはかすかに、楽器の音色が。コンサートをしているようです。

ここは、レンタルスペース「納屋naya hoccorito」。その名の通り、かつて納屋だった場所をリノベーションし、今はクリエイティブな活動をする人たちの発信場所として、コンサートや蚤の市、お花屋さん、書道教室など、日々さまざまな催しが開かれています。

この古い住宅は、施主・藤田さんのご実家。使われていなかった納屋をこのようにリノベーションした背景には、生まれ育った播磨町への思いがありました。

■DATA

住所:兵庫県加古郡播磨町
スタイル:中古住宅(ご実家の納屋)リノベーション(約49㎡、1962年築)
費用:リノベーション約800万円
用途:レンタルスペース
フロッグハウス担当者:笹倉みなみ

団地から始まったストーリー

元々は農村地域だった播磨町が大きく変わったのは1970年代のこと。高度経済成長の波に乗り、大企業が埋立地に大規模な工場を建設したのを機に、そこで働く人たちの住宅ニーズが生まれ、農家が自分の土地に団地を建て管理するようになりました。団地群は「コーポラスはりま」と名付けられ、その数全28棟。法人契約も多く、当初は全棟満室だったそうです。

ところが、不動産のプロではないオーナーさんたちにとって、古くなっていく建物をメンテナンスし、賃貸として存えていく仕組みを考えることは容易ではありませんでした。時代とともに稼働率はどんどん下がり、中には手放すオーナーさんも。今は16棟が残っていますが、その悩みは解決されていないのが現状です。


(リノベーション前のコーポラスはりま西ⅰ棟)
引用元:hoccorito HP(https://corporas-harima.com/hoccorito)

藤田さんも、そんなオーナーのひとり。お父さまがつくられ、自身もアルバイトで工事の手伝いをしたこの団地を、どうにかできないかと考えていました。

藤田さん 僕は、全室を平準化する一般的な“改装”よりも、住む人がそれぞれ「こんな部屋がいいな」って思える物件にしたいと思っていました。昭和の時代の建物なので、今の時代に即した間取りとか、ちょっと味付けを加えることによって、今の若い人たちを取り込めるかなと。

「古いものを大事にしたい」というライフスタイルを楽しみたい人に入ってほしいなと思ったんです。10人中2人でもいいから「ここがいい!」とピンポイントで言ってもらえるような。そのために、部屋だけじゃなくて周りの環境、例えば庭もみんなで共有できるようなリノベーションを始めたんです。

その中で生まれたのが、レンタルスペースというアイデア。全室20戸を満室にすることよりも、住む人それぞれがライフスタイルをより楽しむために、自分の部屋以外で活動できる場所をつくったのです。エレベーターのない団地ではどうしても借り手がつきにくい最上階501号室や、みんなが入りやすい104号室の部屋を「自分の部屋とはちょっと別世界」に感じるレンタルスペースにリノベーションしました。


(104号室)引用元:hoccorito HP(https://corporas-harima.com/hoccorito)

藤田さん 不便さを逆手にとって、一つずつ積み上げました。どんどん便利になっている世の中で、古いものを大事にし、自分の体をもっと使っていこう、ということで。

藤田さんの思いに共感するように、物件には町外からやってきたクリエイティブな活動をする人たちが続々と入居。昭和の気配漂う団地住まいを楽しみながら、レンタルスペースで展覧会やイベントを開くようになりました。やがて部屋は全て満室に。今では6割のお部屋がリノベーション済みだそうです。


(書き方教室は、当初からずっと続いています。)
引用元:hoccorito HP(https://corporas-harima.com/hoccorito)

2つ目の拠点は、実家の納屋

藤田さんの取り組みはメディアでも取り上げられ、一つの成功例となりました。このやり方を他の棟にも広げていきたいと考えていた藤田さん。点を面にすることで、播磨町という小さなまちが発信力を持つようになり、面白くなるのはないかと期待していました。でも、世代交代を目前にした他のオーナーさんたちにとって、同じやり方を選ぶことは難しいのが現実でした。

藤田さん ならば、規模感は違うけれど、播磨町内を線でつないで発信していこうと。ちょうど実家の納屋をもう潰そうか、という案があったので、何とかできへんかと思って。小学校の前で多くの人が通りかかるから、利便性もいい。コーポラスに加えてもう一つ、レンタルスペースにしようと思ったんです。


(リノベーション前の納屋)

駅から徒歩10分以上かかるコーポラスと比べ、徒歩4分のこの場所なら集客力を期待できます。住人さんたちも巻き込みながら少しずつ準備を進めていく中で藤田さんが声をかけたのが、かつてコーポラスで暮らしていたフロッグハウスの笹倉さんでした。藤田さんは、「できる限り原型を残してほしい」と依頼。

藤田さん 古いもの一つひとつに味付けしていくことで今よりいいものになるのだったら、手を加えていったらいいかなと。難しい部分もあるけれど、全体の雰囲気がそういう香りであれば、ちょっと異質なものが入っていても溶け込むから。

そうして始まった納屋のリノベーション。何十年も物置になっていた納屋を人が集まる場所にするために、様々なアイデアが採用されました。

笹倉 せっかくロケーションやアクセスがいいのに、納屋には換気用の小窓があるだけ。通りかかった人が「入っていいんかな?」と感じそうだったので、「お店であると分かる方がいい」とお伝えし、道路に面した壁を全面ガラス張りにしたんです。

光も入るようになり、納屋の雰囲気は一変。藤田さんご夫妻も「あれはよかったね」と口を揃えます。さらには二階部分の手前半分を取っ払い、吹き抜けをつくりました。決して広くはない納屋に開放感を与えるだけでなく、二階が収納スペースになるという安心感ももたらしました。

そして随所には、「取って整え、使いまわす」というやり方で、原型が残されています。例えば、かつて二階にのぼるために使われていた梯子を二階部分の手すりにしたり、裏で使われていた扉をエントランスの引き戸にしたり。よく見ると、一階の天井の補強材に使われているのは、二階の床を取った時に切った木材です。

同じ年月を刻んできた建物の要素どうしだからか、新しい組み合わせになっても自然と馴染んでいるから不思議です。

第3、第4の拠点も意識して

最近は新たに、奥にあるもう1棟の納屋にキッチンを増設し、二棟を扉でつなぎました。これによって、飲食に関わるクリエイターにも、借りたい!という人が増えているそうです。


(2階部分)

現在は、納屋とコーポラス、二つの場所を「hoccorito」として運営している藤田さん。コーポラスの住人以外のレンタル希望者には、両方を見せ、どういうイベントをしたいかで振り分けているそうです。

藤田さん あえて、一つのところが2ヶ所をプロデュースしている感じにしています。今後できれば3ヶ所4ヶ所と増やしていけたらいいなと思っています。

藤田さんがつくった場所にクリエイティブな小商いをしている人たちが集い、地域の人たちを巻き込みながら耕し、まちを面白くしていくーー話を聞いていると、そんなストーリーが見えてきました。“おしゃれ”を求めてリノベーションする人もたくさんいますが、藤田さんはあくまでまちを良くするための“手段”としてのリノベーションを実践している気がします。

藤田さん やっぱり人は心地いいところに集まるから、そういう環境づくりをしていかなあかんなと。それは住むとこも然りだし、周辺の環境がいいとか、やりたいことができるとか。だから自分たちの「別部屋」みたいな感じで使えるように、住人さんはスペースのレンタル料が一般の半額以下なんですよ。賃貸物件として、そういうところであり続けたいですね。

そういう藤田さんのビジョンに共感した人たちが集っているのが、hoccoritoの今。「クリエイティブな人たちが住人として集まり、プロジェクトが生まれるような状況が理想」だと話してくれました。将来的には、ご実家の敷地内の母屋やガレージ、庭なども、発信拠点にしていけないかと考えているそうです。

かつて住まいだった場所で、あるものをいかしながら新しいものを創造し、まちに刺激を与えていくーー。点から線となった発信拠点が、さらには面となりまちの魅力を引っ張っていく存在となる未来が楽しみです。

(文・撮影:村崎恭子)
納屋naya hoccorito :https://www.instagram.com/naya_hoccorito/