次世代へぐるぐる、住み継いでいくために。 神戸・名谷団地から問う 「これからの団地リノベのあり方」とは?

次世代へぐるぐる、住み継いでいくために。
神戸・名谷団地から問う
「これからの団地リノベのあり方」とは?
名谷団地

古い団地物件を購入し、今の自分が好きなインテリアを低予算で思いっきり楽しむ――。

団地リノベの魅力は、長らくそんなふうにうたわれてきました。中には、そんなリノベを思い描いてこのページに辿り着いた方もいるのではないでしょうか。

2023年2月、そんなイメージに一石を投じるような団地リノベのモデルルームが神戸市須磨区の名谷団地に誕生しました。この辺りは1970年ごろにつくられた須磨ニュータウンの一角で、現在はエリア再開発の真っ只中。モデルルームは、それに伴い既存住宅を子育て世代へ流通させるためにつくられました。

この一室からフロッグハウスがみなさんに問いかけていきたいこと、それは「これからの団地リノベのあり方」です。

■DATA

住所:兵庫県神戸市須磨区
スタイル:団地リノベーションモデルハウス(62.07㎡、完成時築45年)
費用:699万円(設計・施工費)
構造:RC造
フロッグハウス担当者:設計・笹倉みなみ、施工・清水大介

名谷団地に誕生した、団地リノベのモデルルーム

神戸市営地下鉄名谷駅の改札を出てすぐ現れるのが、ショッピングセンター「須磨パティオ」。それを横目にバスターミナルを抜け5分ほど歩くと、築45年とはにわかに信じ難いほど、手入れの行き届いた美しい外観の建物群・名谷団地に到着します。

モデルルームがあるのは、そのうちの1棟の2階。玄関から入ると、ふんわりと漂う木の香りに心がなごみます。そして正面奥に見える一面の杉材の板壁に、思わず「わぁっ」と声が出ます。

名谷団地リノベーション

玄関横にはウォークイン収納。ベビーカーやキャンプ用品まで入りそうな広い収納は、ここが団地とは思えません。

名谷団地リノベ

中へ入ると左手には、水回りと脱衣所が。これだけ広ければ洗濯機や収納棚が置けるし、室内干しもできます。ここからはキッチンへと通りぬけも可能。曲線のカウンターが印象的なキッチンは、この家全体をやわらかい雰囲気にしてくれる、シンボル的存在です。

名谷団地リノベーション施工

名谷団地リノベーションキッチン

リビングは二つの個室とつながっていて、どちらも室内窓があるから、家族の気配を感じながら在宅ワークをしたり、子どもが遊んだり。家族構成やライフスタイルに合わせて、いろんな使い方ができそうです。

名谷団地リノベーションリビング
(写真右側にあるのは、輻射式冷暖房。エアコンを補完し、省エネ効果が期待できます)

さらに、玄関を入って右側、少し奥まったところには和室が。他の部屋から独立しているので、授乳中の赤ちゃんと寝る部屋にしたり、来客用の部屋にしたり。少し特別な用途での使い方ができそうです。

名谷団地リノベーション琉球畳

寒い時期にオープンしたこのモデルルームですが、暖房を入れずにお客様をお迎えしても、団地特有の底冷えを感じなかったといいます。それは、壁をしっかり断熱しているから。

この物件での暮らしを想像すると「心地よい」「暮らしやすい」という言葉がしっくりくるような、これまでの団地リノベとはちょっと違った価値が見えてきます。それこそが、このモデルルームを通して伝えたいこと。

今回、このモデルルームづくりに関わったメンバーが再結集し、企画背景やここで伝えたい価値、そして実際に来場された方の反応までを振り返り、これからの団地リノベのあり方について考えてみました。

既存住宅をアップデートしてまちの魅力向上につなげる

集まったのは、モデルルームを企画した(一財)神戸住環境整備公社の藤本晃一さんと、神戸市建築住宅局政策課の松添高次さん、そしてフロッグハウスの代表・清水大介と今回の設計を担当した笹倉みなみの4人です。

左から神戸市建築住宅局政策課・松添さん、フロッグハウス代表・清水、設計担当・笹倉、神戸住環境整備公社・藤本さん
(左から神戸市建築住宅局政策課・松添さん、フロッグハウス代表・清水、設計担当・笹倉、神戸住環境整備公社・藤本さん)

他のニュータウン同様、高齢化が進む名谷エリアでは、神戸市が駅周辺の再開発を進め、商業施設のリニューアルを図るなど、若年層が暮らしやすいまちを目指しています。それに対し、住宅側の施策として生まれたのが、このモデルルームでした。

松添さん 駅前の魅力が高まって人が集まるようになったときに、その周辺にワクワクするような家がないと住んでもらえないですよね。今ある住環境をアップデートして流通促進をはかり、再び若い方が住むような好循環を生み出したいと考えました。

神戸市建築住宅局政策課 企画担当課長・松添高次さん
(神戸市建築住宅局政策課 企画担当課長・松添高次さん)

地下鉄の駅からも近く好立地の名谷団地は、開発当時の都市計画もしっかりなされており、元々暮らしやすいまちとして人気でした。幸い今はまだ、空き物件が目立つようなことはありませんが、高齢住民が多くいずれは空き物件が増えてくるだろうと言われています。そうなる前に流通させ、先手を打っておこうという考えです。

そして、この企画を共に考え、実質的に物件を購入し、モデルルーム事業を担っているのが神戸市の外郭団体である神戸住環境整備公社です。

藤本さん 私たちは、行政にとって難しい「物件を購入してリノベーションする」と、民間企業にとって難しい「モデルルームとして年間開け続ける」の両方を叶えられる、いわば“行政と民間の狭間”の立場として、今回のプロジェクトを先導しました。名谷団地内の戸建てと団地を一軒ずつ購入し、「子育て家族の新しい住まいかた・暮らしかた」をテーマに事業者からリノベ設計のプロポーザルを募って選定しました。

神戸住環境整備公社 住環境部住環境推進室室長 藤本晃一さん
(神戸住環境整備公社 住環境部住環境推進室室長 藤本晃一さん)

団地リノベで悶々としていたことにフォーカス

このプロポーザルのマンション部門に選ばれたのが、フロッグハウスの提案、その名も「団地ぐるぐる」です。

住環境を現代の暮らしに合わせアップグレードすることで物件の価値を高め、「ぐるぐる」と流通して若い世代に住み継がれていくこと、水回り〜キッチンの回遊動線を「ぐるぐる」動けるから家事がしやすいこと、板壁やキッチンの側面に地元・兵庫県丹波産の杉材を使い、お金の流れも地域で「ぐるぐる」させること。そんな3つの「ぐるぐる」を盛り込みました。

名谷団地リノベーション プレゼンボード

この案を考えるにあたり、特に意識したのが「住環境の改善」という点です。

フロッグハウスはこれまで、名谷団地をはじめ数多くの団地を手掛けてきましたが、団地リノベに先行するイメージ「安くてユニーク」を叶えたい施主さまが多く、40年以上前の団地の住環境を現代の暮らしにフィットさせるために必要な断熱などの提案は、なかなか価値が伝わりづらく、悩ましく思っていたのです。

フロッグハウス 笹倉みなみ
(フロッグハウス 笹倉みなみ)

笹倉 これまでは、予算を理由に「断熱はしなくて大丈夫」と、簡単な工事だけを依頼されることが多かったんですよね。でもやっぱり結露やカビ、寒さが嫌になって2〜3年で出ていってしまうケースもあって。今回、団地リノベっぽいユニーク路線で提案する手もあったけれど、「ちゃんとやらなあかんよな」って悶々としていた部分にフォーカスしてプランを練ることにしました。

自身も団地で生まれ育った代表の清水は、団地の住環境を知っているからこそ、より語気を強めます。

フロッグハウス代表 清水大介
(フロッグハウス代表 清水大介)

清水 やっぱり人間、住み出したら暑い・寒いが1番大事なので、もう、団地の“ツッコミどころ”を解決せなあかんやろって思っていて。SDGsがうたわれたり、行政の補助金が始まったりと、最近はちょうど時代が追いついてきて、お客さんにも少しずつ理解してもらえるようになり、断熱の実績もできてきたので、ちょうど自信を持って提案できるタイミングでした。

断熱については、採用したお客様から「冬でも暖房をつけずに過ごせる」と好評であることからも、絶対に盛り込みたい内容だったので、外に面する全ての壁に断熱を入れました。予算の関係上、内窓をつけることは叶いませんでしたが、将来の入居者が補助金を活用して窓を購入すればすぐに取り付けられるよう、枠を設置しています。

名谷団地リノベーション 壁断熱
(外に面した壁には全て断熱材を入れています。管理組合の大規模修繕時に採用された複層ガラスの窓をそのまま残し、後から内窓を追加できるよう窓枠を設置しました)

松添さん リノベーションには「自分らしさ」と「暮らしやすさ」があると思っていて。やっぱり行政として押したいのは後者ですよね。公的主体が関わってくるこのプロジェクトでは、見栄えの良さだけでなく、こういった社会的意義がとても重要。そこがしっかり押さえられていて素晴らしいなと感じましたね。

僕も小さい時は団地に住んでましたが、やっぱり寒くて寒くて。日本人って「寒さは我慢するもんや」ってのが染み付いてるでしょ。でも実はそうじゃなくて、我慢なんかしなくていいんですよね。

家族=2.5人に設定したから生まれた空間と動線

設計プランニングで思い切ったのは、玄関+水回りの面積を元の約1.5倍に広げ、収納や家事動線を大幅にアップデートしたことです。これも、団地ならではの住みづらさに着目して生まれたアイデアでした。

フロッグハウス 代表 清水大介

清水 僕らはいつも、団地の“ツッコミどころ”をまずピックアップするんですよ。「ここはもう今の時代に合わんやろ」みたいなところを「ちょっとこれはいただけないよなぁ」って。今回だと、玄関の収納がないからベビーカーが置けないとか、水回りが狭い、家事動線があんまり、とか。

笹倉 昔のままの団地にお住まいの方のところへ現地調査に行くと、もう玄関から生活感が溢れ出ているんですよね。通路に段ボールが置いてあって歩く場所もなかったり、お風呂が近いからカビっぽくなっていたり。だから今回、勇気を出してあえて1.5平米取ってウォークインのシューズクローゼットを“爆誕”させました。水回り空間とのパズルみたいなやりくりだったので、図面がカチッとはまったとき「できたー!」って。ここから始まりましたね(笑)

壁を隔てて隣接する水回りスペースも同様に、現代の一般的な広さにするため元の1.5倍に。洗面、脱衣、洗濯、室内干し、収納をまとめて可能にする空間からは、キッチンへさっと移動できます。こうして家事に便利な「ぐるぐる」の動線が生まれました。

名谷団地リノベーション キッチン水回り

狭い団地物件なのに、そんなに広げて居住空間への影響は大丈夫?と心配になりますが、それを可能にしたのが、今回の条件でもある「子育て家族」の捉え方です。あえて「2.5人」という小さい家族、例えば夫婦+小さい子ども一人、シングル+子ども二人などを想定することで、居住空間にもゆとりを持たせることを叶えました。

名谷団地リノベーション 室内窓
(和室以外の個室には室内窓がついていて、家族の様子を見守りながら過ごせます)

笹倉 実は私たちのお客さまには一人で団地に住む方も多くて、面積的にゆったりと気持ちよさそうに住んでいるのを知っているんです。そんなふうに少人数で過ごしてもらえる提案をするのもありかなって。

松添さん 4人家族じゃなくて、潔く2.5人に設定することによって、設計の自由度が上がってますよね。あとは世帯構成に応じて、子どもが増えたら住み足し・住み替えをしたらいいやんっていう思いがすごい伝わってくる。余白をいっぱいつくっているから可変性があって、いろんなライフスタイルに対応できているなって感じます。

清水 そうですね。団地をぐるぐる住み継いでいくことを考えると、各スペースの役割をそんなに固定しない方がいいだろうと考えました。「子どもが大きくなった時にこの間仕切りが動いて……」みたいなのって、建築屋としてはやりやすいけれど、どんどん狭くなってしまう。だから、ライフスタイルに合わなくなったら次の場所に住めばいいし、その時に売れる・貸せるものにしておけばいいっていう思いがありました。

名谷団地リノベーション   清水 松添さん 藤本さん

地元の木材や職人技術をいかして

この物件のシンボリックな存在でもある板壁やキッチンには、地元の素材や人材をいかすことで、地元経済をぐるぐる回すことにも貢献しています。

見た目だけでなく香りの面でも、全体の雰囲気をナチュラルにし、癒し効果も得られそうなのが、隣室と接する壁全面に貼られた板壁です。地元・兵庫県丹波産の杉材を活用しています。

名谷団地リノベーション 寝室木材
(木材も暮らしやすさの要素。「安眠効果もあるんじゃないかな」と松添さん)

清水 ここは、壁が傷んで膨れてきていて、それを押さえ込むために何かを上に貼らないといけなかったんです。解体してめくったらゴミも増えるし、コストも嵩んでしまう。今回は、時代のテーマでもあるし「地元の木材を使って循環させよう」と。

実は、無垢材を採用している賃貸のオーナーさんから、「大事に住んでくれるから退去後に修繕を入れなくても大丈夫」ということをお聞きして。クッションフロアーを毎回貼り替えるより費用対効果が高いということにも気づきました。

名谷団地リノベーション キッチン
(既製品の設備に、造作の天板と板壁を組み合わせて現場でつくったキッチン)

笹倉 今回の提案テーマだと、ともすれば地味な印象になってしまうかなと思って、キッチンだけは見た目にこだわってみようと考えました。天板の形は清水の提案です。「ぐにょぐにょさせよう」って、巨匠みたいに(笑)

設備や収納部分は既製品を使い、天板は大工さんと左官屋さんが現場でつくりました。ちょっとでも大きく見せたいから、水回りに続く壁にも奥行き10~20cmの棚をつけてつながりを持たせてみたり。現場で職人さんがやるからできたことですね。今までもそういうやり方をしてきたので、今回も「できるかな」って。

フロッグハウス 清水 笹倉
(奥に見えるのが、水回りへのつながりを持たせたキッチンからの天板と板壁)

住み継ぎだけでなく“住み続け”への効果も

このモデルルームを見学できるのは、毎月第2・4水曜日と2ヶ月に1度の土曜日。どんな人たちが訪れるのでしょうか。

藤本さん 2月のお披露目会には、子育て世代向けに告知をしたこともあり、30〜40代の方が多く来られました。リノベーションに興味があるけど、どこに頼んだらいいかわからないという方が大多数だったのではないかと思います。実際のリノベ物件を見られたのはすごく良かったと思いますね。

(合計150名の方が見学に来られました)

新築の値段がどんどん上がり、若年層のリノベーションへの関心が高まる中、公的機関が実施しているということで安心して参加した方も多かったようです。

一方、最近は見学に訪れる層が広がってきています。名谷団地に長年暮らす高齢の住民が「息子のために」「リフォームしたいから」という目的でやってくるそうです。

笹倉 同じ間取りの住宅に住んでいる方たちなので、Beforeを知り尽くしているんです。反応が怖かったんですけど、「えー!?」「どういうこと?」って、みなさんすごくいい反応で。玄関入って最初に「この手があったか!」とか。

藤本さん 元々は玄関入ってすぐにお風呂の入り口があったので、その印象が強いんですよね。シューズクローゼットと、ぐるぐるの間取りに興味を持たれている方が一番多いです。フロッグハウスさんの資料をお渡しして、すでに何名かは間取り変更のご相談をしている状況ですね。意外にも「住み続け」への効果を感じています。

藤本さん 松添さん

松添さん 今住んでいる方が心地よく住むために施すリフォームは、将来その部屋に住む人が快適に暮らすためにもなるわけですよね。両方に生きてくる。

同じ団地内の高齢住民のみなさんは、もしかすると近い将来、団地の住みづらさを理由に「引越し」を選択せざるを得ない状態だったかもしれません。このモデルルームをきっかけに住環境をアップグレードして住み続けるようになれば、将来的には次世代の人たちへよりスムーズに住み継ぐことができるはず。期せずして、“潜在的空き家”への働きかけにも貢献できています。

清水 肝心なのは退いた後だと思うんですよ。例えばおばあちゃんが退去した後、昔のままの住環境だと見向きもされずに放置されてしまう。でも先にアップグレードしておけば「ほな俺住むわ」っていう孫が出てきてくれたりする。それが一番いい姿かなと思っていまして。結果的にコスト面も効率がよくなりますよね。

フロッグハウス代表 清水大介

リノベーションの「自分らしさ」と「暮らしやすさ」。今回の物件はフロッグハウスにとって「そのせめぎ合いだった」と振り返りますが、両輪をこだわり、自分らしく快適に暮らすことこそ、これからの団地リノベのあり方なのではないでしょうか。自分が家を退いた後のことを考えれば、自ずとその思考が生まれてきそうです。

官民連携だから叶えられた、決して派手ではないけれど多くの人に伝えたいメッセージを込めたモデルルーム。ここから始まる団地の「住み継ぎ」のリレーに、みなさんも参加してみませんか。

(文・撮影:村崎恭子)
(写真:藤田温、村崎恭子)

こちらの施工事例は一般社団法人リノベーション協議会の「Renovation of the year 2023」の800万円未満の部にエントリーされています。
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P.S

リノベーション・オブ・ザ・イヤーは「800万円未満の部 最優秀賞」と「プレイヤーズ賞」のダブル受賞となりました!

プロポーザルに出す事で自分たちの旗幟を鮮明に出来た事、そしてオブザイヤーに出した事で大きな評価を2つも頂けた事は今後の大きな糧になると思います。

「これからの団地リノベのあり方を問う。」というタイトルには、「現時点での僕らの集大成が世の中にどう写るのかを問う」という意味の他にも、「自分達で答えを問い続けて行く」という自戒の意味も込めてこのタイトルにしました。

大きな賞を二つも頂きましたがこれに慢心する事なく、今後も答えは問い続けたいと思いますし、また今も新しい挑戦にも着手しています。

2024年、2025年のオブザイヤーもご期待ください

 

 

リノベーション・オブ・ザ・イヤー2023 フロッグハウスエントリー作
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