空き家になる前に、親子二世代でできること。
団地の「リノベ相続」の可能性を探る
神戸市垂水区から明石市にかけて広がる明舞団地は、1964年に開発されたニュータウン。南北約3kmの坂沿いに各棟が並び、分譲、賃貸、URと、さまざまな形態で住まわれています。
今回の舞台は、その中でも南寄りの一角、狩口台住宅。約25年前に中古物件を購入して暮らす90歳を迎える女性が、遠く離れて暮らす娘さん夫婦と一緒にリノベーションを実施しました。その目的は、お母様からすれば「終活」、娘さんからは「実家じまい」。元気なうちにリノベーションをしておくことで、お互いに気持ちよく相続ができると、二世代で考えたのです。
高齢化が進む団地において、相続問題は深刻です。居住者のなき後、相続がスムーズにいかずに空き家化する例や、様々な事情で相続拒否となる例も珍しくありません。
団地の諸問題と長年向き合ってきたフロッグハウスが、今回のリノベーションで身をもって感じたのは、「リノベ相続」という可能性。設計を担当した清水とともに施主さま邸を訪れ、振り返りとともにその可能性を紐解きました。
■DATA
スタイル:団地リノベーション(約57.34 ㎡、築56年)
費用:リノベーション費約985万円
間取り:Before3LDK → After 1LDK
フロッグハウス担当者:清水大介
きっかけは娘夫婦の提案
もともと明舞団地の賃貸物件に暮らしていたご一家が、この物件を中古で購入し、引っ越してきたのは約25年前。娘さんはすでに結婚して巣立った後のことでした。ご主人が他界された後はずっと、今回の施主であるお母さまが一人で暮らしています。
団地内は高齢化が進んでいるがゆえ、高齢者同士のサークル活動がとても盛んだそう。お母さまも、グランドゴルフに卓球、ダーツ、麻雀……と、日々大忙し。仲間うちからも「あなたがいるから私も頑張れる」と目標にされるほど、元気に過ごしています。
とはいえ、住まいに不自由さを感じることも増えてきたため、その都度、娘さん夫婦がトイレやお風呂に手すりをつけるなどの“応急処置”をしてきました。それゆえに、「特に大きな困りごとはなかった」とリノベ前の暮らしを振り返ります。
今回、リノベーションへと踏み切った背景には、団地のコミュニティでいきいきと暮らすお母さまを見守る娘さん夫婦の願いがありました。
娘さん 「私たち夫婦は現在、関東に住んでいますが、年に数回の帰省時はここに泊まることが多いんです。数年前の帰省時に夫が、『お母さんの今の暮らしが今後も続けられるように、生活しやすいようにしてあげたらどう?』って。
私はその時点では正直、将来的にこの家をどうしていくのか、ほとんど考えていませんでした。でも、夫の言葉をきっかけに家を見つめ直してみると、ベランダの洗濯機置き場の手前にある段差など、母の今後にとって心配になる箇所もありました。やっぱりこの団地はコミュニティがちゃんとしているので、一日でも長くここで生活してもらえるのが、一番の健康の秘訣。安心して一人で頑張ってもらうためにも考えてみようかなと」
提案を受けたお母さまも、ちょうど“終活”について考えていて、団地内で開かれた、神戸市すまいの安心支援センター(愛称:すまいるネット)のセミナーをお友達と一緒に聞きに行くなどしていたところ。「将来、子どもたちが困るやろうなと思って気にかけた時に、こういう話が出たからね」と、ありがたく受け入れた経緯を振り返ります。
遠い将来のことも考えた設計
具体的な進行を進めたのは、娘さんご夫婦。リフォームに関する情報をインターネットで検索する中で、フロッグハウスのホームページに出会ったといいます。狩口台住宅の施工例があったため「実情もわかっていて、話が早いかも」と感じ、連絡をしてみたことから、今回のリノベーションが始まりました。
(もともと和室が3室、キッチン、ダイニングだった部分を、小上がりつきのLDKに。小上がりには布団が2客敷くことができる)
設計の際、第一に考えたのはもちろん、お母さまの暮らしやすさです。腰を大きくかがめなくていいように洗面台を通常より高めにしたり、洗濯機置き場を室内に移動したり、リビングに高めの小上がりをつくって腰掛けやすくしたり。その中で意識するようになったのは、お母さまだけでなく、この家そのものの将来です。
娘さん 「私は明舞団地が地元で、仲の良い友達がこの辺りにいたり、まちの勝手もわかっていたりするから、将来もしかしたら、自分たちがここで暮らす可能性もあると考えたんです。今、使いやすいようにしておくことで、自分たちも将来住みやすくなるなという思いで一緒に考えましたね」
お母さまも当時を「わたし中心に考えてもらって、希望を全部聞いてくれたわね」と振り返ります。利便性や快適性だけでなく、お母さんのリクエストが反映された部分はたくさん。例えば、お気に入りのカウチに揺られながらテレビがみられるようなリビングにしたり、仏壇を普段過ごすリビングに設置したり、師範免許を持つほど大好きな生花を飾る棚を廊下につくったり。お母さまのライフスタイルや趣味を尊重しながら、将来的な汎用性も併せ持ったリノベーションが実現しました。
(洗濯機置き場は、お風呂を通ってアクセスするベランダから、キッチンスペースに移動。リビングの南側ベランダに移動して干せるので、家事動線が楽になった)
(玄関から寝室に向かう廊下に、生花を飾る棚を設置。途絶えることなくお花を飾っているそう)
そしてフロッグハウスからはもちろん、窓や壁の断熱と、24時間換気と浴室の暖房設置を提案。団地特有の冬の寒さや酷い結露を身をもって知っていたこと、それによるお母さまの健康への悪影響を防ぎたいという思いから、全て採用することになりました。
「終活」「実家じまい」を兼ねた片付け
工事が行われる2ヶ月間、お母さまは関東にある娘さん夫婦の家に身を寄せました。それまでに終えなくてはいけなかったことが、家にある全ての持ち物の整理と処分です。娘さんが何度もこの家に滞在しながら、二人で全ての持ち物と向き合い、意を決して大半を処分しました。
娘さん 「新たな収納場所の容量に収まるように、いらないものを一気に捨てました。期限も迫っているし、とにかく物をなくさないことには先に進められない、という状況だったので、『せっかく綺麗になるんだし、もう捨てよう』って。父の背広なんかも残してあったのですが、今使うものだけを残して『未来に楽しみを持っていこう』という気持ちで、ごみ袋にいくつも詰めました。これが“実家じまい”を兼ねることができたので、すごく有意義だったと思います」
お母さま 「高かったものだから置いておきたいとか、いろんな思いはあったけれど、二人で『いらんね』って決めて、たったかたったか処理してくれたから、スムーズに片付きました。本当にもう、“終活”。思い切って片付けました。私がいなくなったら私の荷物だけ捨ててくれたら、あとはもう、何にもせんでええと思いますよ」
(収納家具はほぼ全て処分し、リビングと小上がりにクローゼットを設置。スッキリしたリビングの壁面には、ご主人が見守る仏壇も)
片付けの対象は、ごみ袋に入れて捨てられるものばかりではありません。家具などの大きなものの処分、工事期間中に保管する場所、引き渡し後の運搬などを考えるのも、施主にとっては大きな負担。専門の会社を頼ろうにも、信頼できる会社を判断するのは、とても難しいことです。今回、娘さんから相談があったため、フロッグハウスとして信頼している委託先を紹介することに。大きな家具の処分から工事期間中の一時保管、さらには引き渡し時に運び入れもしてくれる会社だったため、とてもスムーズに進んだそうです。
思い切ったことで、未来志向で向き合えた
関東に滞在していたため、工事の経過を現地で見ることなく、引き渡しの日を迎えたといいます。新しくなったお家に入った瞬間、「こんなにきれいになるんだ」と、感動したと振り返るお二人。お母さまは引っ越してすぐにお友達を招き、みんなに「素敵!」と褒められたそう。
日々生活する中で、「明るい気分になれる」とも。もともと、採光条件のいい団地の設計。壁を取り払い、大きな家具も減り、さらには壁紙を明るくしたことで、より明るい空間になっています。
断熱や換気の効果も予想以上。特に冬の暖かさを実感していて「ガスストーブがいらない生活になるとは思っていなかった」と驚きを隠せません。リノベーション後1年間の電気・ガス代を調べたら、3割ほど減っていたことがわかりました。
とことん「未来志向」で、母娘二世代で臨んだリノベーション。最後に、このお家の20年後、30年後の未来について、イメージをうかがいました。
お母さま 「私がいなくなったら、この人(娘さん)が住んでくれるんやろな。住んでほしいし、自分が手掛けたから住むんじゃないんですかね」
娘さん 「私は子どもの頃からこの地域に思い入れがあるし、また戻ってきたい気持ちがあるんです。仲のいい友人も近くにいるので。私は同じ明舞団地の公団(賃貸物件)にしか住んだことがなくて、この狩口台住宅にはリビングがあったりして、子どもながらに憧れだったんです。そんなつながりや特別な想いがあるから、そう思えるのでしょうね。
今回のような巡り合わせがなく、前のままの状態でいざこの家をどうしよう、という状況になったら、こんな考えにはならなかったと思います。だから本当に、今回思い切ってよかったなと、たぶん私の方が思っていますね」
どうしていいかわからない親の荷物が大量に残ったまま、ある日突然、実家を相続することになるのが、一般的なのかもしれません。残された家族にとって、その全てを整理し、次に進めることは物理的にも精神的にも相当な負担です。日本の空き家問題の背景には、こうした事情もあるようです。
今回のお話を伺っていると、親が元気なうちに二世代で実家と向き合いながら、将来どうしていくのかを考えることがいかに大切であるかを、ひしひしと感じました。「将来的に自分が住む」という選択は難しくても、親子で相談しながら、運用や売却の準備をすることだって可能です。
そんな「リノベ相続」こそ、日本の団地の未来を明るくしていくのではないか。そんな可能性を感じさせられる、今回のインタビューでした。
(文:村崎恭子、写真:藤田温)
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